ー 2013年2月13日

新しい出逢い‐「タイコーニット」様

こんにちは。 『インプルーヴ』 です。

当社はニット製品の企画・デザイニングを得意とする会社として発足
13年近くなるのですが、普段お付き合いをさせて頂いている工場さん
は福島県・新潟県・山形県…と言った、東北地方の産地 若しくは中国の
会社が主となります。

実は今まで、神戸市内・又は兵庫県内にニット工場がないか神戸市を
始め色んな機関で都度都度訪ね続けて来たのですが、どちらでもその
存在を聞ける事はなく、特に震災後はもう存在しないのかな…と思って
いたところ、ある糸商さんからこちらの会社のお話を聞き、ご紹介頂い
て先週末漸くその会社をお訪ねさせて頂きました☆

 

ご紹介頂いた会社のお名前は『タイコーニット』 様といいます。
創業されて45年以上になるというその工場さんは、以外にも兵庫県三木市
市内、一戸建ての住宅に囲まれた閑静な住宅街の中にありました。

最近は産地ですら人件費高騰・働き手の確保が難しいー等、様々な
理由から編機だけ残して編立てだけを行い後は外注… と言う様な
分業制で成立している工場も少なくないのですが、こちらの会社は今
も一貫工場の体制を守り続けておられる事にとても驚きました。

先の写真にあるように、自動機による編立ては元よりミシン縫製・リン
キング縫製・下蒸し&仕上げセット・検品まで、製品が仕上がるまでの
一連の行程全てご自分達の目の届く社内に設置、自己完結されている
工場でした。

編機の大半は島精機製で14G~7Gまでの対応が可能との事。
リンキング機はダイヤル式を設置されていました。

総針テープ編機はもちろんのこと、その小ささがカワイイ「丸紐編機」
も直径に合わせて3種。

セット担当の方も検品の方も、長年お勤めされている熟練の方との事で、
こういう方々の存在こそがその会社の信頼を支えているのだと改めて感
じた次第です。

ー最近では、アパレルのデザイナーさん達も出張経費の削減やら色んな
事情で工場に直接出向いて物を作る経験を持たない無い方が当たり前
になってきていますが、『事件はいつも現場で起きています!』www
(ベタですみません^^;)
…なので、やっぱり実際に作って下さる現場の方々と話し込み、
その意図を伝えながら一緒になってもっと良いモノに成長させていく
時間というのは、本当は一番削ってはいけない部分だと思います。
-服に限らずどんなモノを創るとしても、全ては人と人との力の
総力・アイディアの総力で完成するものだと思います。

…機械は勝手に動いたり、勝手に何かを生んでくれたりしませんから(^_-)-☆

ー 2013年1月15日

石巻・渡波地区、栄田の皆さんとの再会の旅

こんにちは。 『インプルーヴ』 です。

毎度ながら、久しぶりの投稿です。。
毎年、年初には、「今年こそ、ブログちゃんと投稿するぞ~☆」と
決心するのですが… 三日坊主 とは、良く言ったものですね^^;

さて、そして、年初の投稿が最新記事ではないのですが、これは記録
しておかねば、、という事を先ずは昨年のアーカイブ的に書いておこうと思います。

その第一弾。
昨年は、「東北de房耳」PJTの大きな前進として、12月の中旬に大阪・阪神百貨店にて
初の販売イベントをさせて頂きました。
本当は、そのイベントの前に告知UPしなければいけなかったのですが、、、(._.)

阪神百貨店での様子は追って記録することにして、今日はその前段として、
今回は単なるレクリェーション的な位置付けの指編み教室から発展させて、
興味のある方にはそのイベントで販売する為の商品を製作してもらって
工賃として還元し、お仕事の時間を提供する事ができないか…という実験です。

そんな想いで今回向かったのは、石巻の栄田の皆さんの所。
丁度1年位前に伺った中の一つの地区で、震災当時仮設に入れず、
在宅避難を余儀なくされた方々が沢山おられる地域です。
海から続くこの橋を又越えて、あの渡波・栄田の皆さんのところへー

2か月ほど前に出来たばかりの地区集会所の一室には、沢山の方が集まって
下さっていました☆

早速に、先ずは綛から糸玉にする作業からスタート☆
…流石、栄田レディースの皆さん!!
直ぐに要領を掴み、知らぬ間にバディを組んで2人一組で効率良く作業開始~

糸玉になったら、本題の指編み開始です!
それにしても、皆さんほんとうに呑み込みが早くてびっくりです(゜o゜)☆

昔取った何とやら~ ってやつですネ。「これは、棒針と同じ事やってるん
やねぇ~」なんて^^
「そうです!その通り~☆」

皆さん、指先を器用に使ってサクサク編み進めていかれます^^
その上、几帳面! ちょっと編み目の揃い具合が気に入らないと
「ちょっとここ、ゆるいよねー、…この段までほどいて編み直していい?」
「どーぞどーぞ!時間は十分ありますので、納得できるものをお作り下さいね~」
↑頼もしい限り!

朝10時半ごろから開始、集まって来られる方達もお時間の許す範囲で集まって
来られていたので、お昼の切れ間なくレクチャーしていた私達に、「チーム栄田」
のリーダー嘉代さんが石巻名物・B級グルメで注目された「石巻焼きそば」を
出前で取って下さり、近くの少年野球チームの試合後の食事に紛れて頂きました♪
美味しかったです(*^_^*)

そして、お3時には、野球チームの世話役さん達が庭で焼いていた牡蠣やムール貝の
バーベキューのお裾分けまで頂いちゃいました☆

焼き立ての宮城の牡蠣、サイコー!!

…そんなこんなで、教える側がはしゃいでる間も生徒さん達は黙々と指編み中。。。
お互いに相談しあったりしながら、和気あいあい♪
形が見えてくると、創る面白さ・楽しさが一気にMAX!

…そして、皆さん、どんどん作品が完成していきます☆

この方は、後ろに控える大お母さんの為に。。。^^

この方は、寒い冬に向けて足元をあっためてくれるレッグウォーマーを☆

完成したマフラーは、大お母さんの首元を暖めます♪

この方は、最後を輪にまとめてスヌードを作られました^^

同じ編みレシピでも、後藤さんはとっても優しく緩く編まれたので
ショールの様な出来栄えです(^_-)-☆

はい、ピース☆

「私にもこんなのが作れるなんて嬉しいわー」と、照れながらも笑顔(*^_^*)

今回の最年長のつえさん。 一番几帳面に取り組んで下さっていました^^
甲斐あってか、その出来栄えにはまずまずの御満足を頂けたみたいで良かったです(*^_^*)

ーそんあこんなで、今回は1泊2日の弾丸ツアーでしたが、1年振りに逢えた方・初めてお逢い
した方、沢山お集まり頂き、幸せの時間でした☆
そして、この縁で、商品創りに取り組んでみたいと申し出て下さる方にも出会え、
本当に有意義な旅となりました☆

ーこの旅の記事は、2012年11月10―11日を遡った記録ですー

ー 2012年9月22日

当社がブランドデビュ-に携わった12-13FWの商品カタログが到着しました☆

大変久方振りの投稿です…(._.)

忙しい。。というのが言い訳にならないのはよ~く分かってはおるのですが…。
最近、富に海外からのスパム投稿が頻発して入り。
きっと幽霊BLOGと認識されてしまっている様なので、心を入れ替えて投稿してみる次第です。

さてさて。
当社に半年程前に依頼があり、取組始めた中国にある日系アパレル企業の
新ブランド開発。
全くのゼロからのスタートで、STAFF集めから始まったブランディング。
クライアントさんと共に試行錯誤の日々でしたが、先日漸く第一回目の企画商品の
catalogが上がってきたという事で届けて頂きました☆

Lilaer プレ・デビュー カタログ表紙

8月の上海出張の際には、この撮影の現場にも急遽立合わせて頂く事になり、
モデルさんに扇風機で風を送ってファーのコートの毛先を靡かせたり…
見学のつもりが、気付いたら撮影クルー化してましたwww
ーなので、こうして形になったものを見せて頂くと、感動も一入です♪

Lilaer  2012-13 Fall-Winter catalog p1b

Lilaer  2012-13 Fall-Winter catalog p2

これら商品は中国販売ブランドなので日本で商品にお目に掛る事はできませんが、
丁度今週末辺りから上海久光・天津ロッテ等、中国内4カ所の某社直営店舗内で
コーナー展開される予定で、その他代理商店舗内でも一部お目見えする予定との事。
そこでプレ販売開始ーという感じでしょうか。

Lilaer  2012-13 Fall-Winter catalog p3

対中国…と言うと、今の日中緊張状態ではとてもリスク高いタイミングでの船出となって
しまったこのブランドですが、何とか中国で愛されるブランドに育って欲しいと思います。
私達も、その為に精一杯の努力を惜しまない覚悟です☆

Lilaer 12-13 Fall-Winter catalog p4

ー 2012年5月30日

【Poant Kobe】が今年も山陽百貨店で限定shop出店中です☆

皆様 こんにちは。インプルーヴです。

今日は、告知ブログです^^;

本日5/30(水)-6/5(火)まで、JR/山陽電車・姫路駅前の
山陽百貨店 本館3Fにて限定店舗出店中です!
扱う商品内容はこちらのURLから「ポアントコウベ」SHOPをご覧ください。

http://poantkobe.com/

バレエ・ヨガなどに興味のある方だけでなく、オシャレな部屋着や
旅先での洒落た寛ぎ着をお探しの方にも、嵩張らず超軽量で、
大人女性の為に創られた【ポアントコウベ】の上質ニットウェアを
実際に手にとって触って頂けるチャンスです。
皆様、是非お立ち寄り下さいませ~(*^_^*)

…因みに、日曜日は私が皆様をお迎え致します☆<(_ _)>☆

ー 2012年5月12日

『ハインリッヒの法則』について

こんばんは。 インプルーヴです。

又もや…というか、毎度の事ながら投稿に間があいてしまって申し訳ありません…

本当は、2月の東北キャラバンのVol3「石巻市を訪ねて…」編を書かなきゃなのですが、
やっぱり東北での記録を書こうと思うと、ちょっとやそっとの空き時間では取り掛
かることができないので、繋ぎ・・・という訳ではないのですが、
今日は最近良く私の心の中に浮かぶ『言葉』について、ここに記述を残そうか
思います。

それはどんな言葉かというと…
「ハインリッヒの法則」という法則です。

詳細はこのウィキに書いてあるので興味のある方は是非お読み頂きたいのですが、
その法則を要訳すると、
『一つの重大な事故の影には29個の小さな事故があり、その陰には300のひやっとした
ようなうっかりミスがある』…このうっかりミスを見逃すな… です。

最近で言えば、GW中に起きた金沢での路線バスの居眠り事故や、京都での軽自動車
の暴走事故や同じく京都で起きた小学生の集団登校に突っ込んだ飲酒事故…

あの様な、痛ましい事故の記事を見る度にその事故の影にあったはずの小さな
うっかりミスを、誰かが見逃さずにいたら防げたかもしれないのに…と
思ってしまいます。

身近な日々の仕事上でも、この言葉を刻んでおく事できっと防げるトラブルは
沢山あると思うので、今日は皆さんにもこの法則の紹介をしてみようと思いました。

ここ十数年続く不景気で、日本国内の企業の中にはもやは熟練した匠や師匠の存在は
なく、仕事の仕方や取組む姿勢など基礎を学べる機会に恵まれない人達が多い様に
思います。
勿論師と仰げる年長者に出会えないのは気の毒ですが、そんな恨み事を言っていても
現状は何ら変わりません。誰も変えてはくれません。

是非皆さん(実は若い人に限りませんが…)このハインリッヒの法則の真意をしっかり
己に刻み、日々の仕事の中のうっかりミスを決して見逃さず、二度とそのうっかり
ミスが起きない方法を自分で考え、編出して仕事の質を上げる努力をしてみてください。

そうすれば、例え頼れる上司が居なくてとても不遇な環境にいあるとしても、
貴方はいつかきっと素晴らしく優秀な人物になっているはずです。 
私が保証します!

…て、誰に向かって言ってんだ?! ワタシ。。。www

以下、ウィキペディアより…抜粋

『ハインリッヒの法則』 
ハインリッヒの法則 (ハインリッヒのほうそく、Heinrich’s law) は、労働災害における経験則の一つである。1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するというもの。「ハインリッヒの(災害)三角形(トライアングル)(定理)」または「(傷害)四角錐(ピラミッド)」とも呼ばれる。

一件の大きな事故・災害の裏には、29件の軽微な事故・災害、そして300件のヒヤリ・ハット(事故には至らなかったもののヒヤリとした、ハッとした事例)があるとされる。重大災害の防止のためには、事故や災害の発生が予測されたヒヤリ・ハットの段階で対処していくことが必要である。危険予知訓練なども参照のこと。
法則名はこの法則を導き出したハーバート・ウィリアム・ハインリッヒ(Herbert William Heinrich)(1886年 – 1962年)に由来している。彼がアメリカの損害保険会社にて技術・調査部の副部長をしていた1929年11月19日に出版された論文が法則の初出である。
彼は、ある工場で発生した労働災害5000件余を統計学的に調べ、計算し、以下のような法則を導いた。「災害」について現れた数値は「1:29:300」であった。その内訳として、「重傷」以上の災害が1件あったら、その背後には、29件の「軽傷」を伴う災害が起こり、300件もの「ヒヤリ・ハット」した(危うく大惨事になる)傷害のない災害が起きていたことになる。
更に、幾千件もの「不安全行動」と「不安全状態」が存在しており、そのうち予防可能であるものは「労働災害全体の98%を占める」こと、「不安全行動は不安全状態の約9倍の頻度で出現している」ことを約75,000例の分析で明らかにしている(詳細はドミノ理論参照)。なお、ハインリッヒは「災害」を事故と事故を起こさせ得る可能性のある予想外で抑制されない事象と定義している。
上記の法則から、
事故(アクシデント)を防げば災害はなくせる。
不安全行動と不安全状態をなくせば、事故も災害もなくせる(職場の環境面の安全点検整備、特に、労働者の適正な採用、研修、監督、それらの経営者の責任をも言及している)。
という教訓を導き出した。 この法則は、日本の国鉄(現・JRグループ)にも影響を与え、「330運動」と称する運動が国鉄時代に存在した(現在同じように現場において実行されているかは公表されていない)。

ー 2012年4月15日

気仙沼-大島-石巻に行ってきました Vol.3

こんにちは。 『インプルーヴ』 です。

更新、随分遅くなり、今更…なのですが、昨年の冬の大島から石巻に下る前に立ち寄った
気仙沼港でのランチの時の写真をアップしたいと思います。

 

こちら、「気仙沼横町」は、気仙沼港のすぐ目の前にある、プレハブの復興食堂街です。

 

左右に美味しそうなお魚を扱うお店が立ち並んでいるのですが、
生憎、私達が大島から戻ったのがランチ時を過ぎた3時頃だったので
もう休憩に入っているお店が殆どで…残念~(>_

…とおもいきや、1軒空いているお店を発見☆
魚料理の丼屋さん(夜は居酒屋さんでお酒も一杯並んでました!)。
お店の名前は 漁師料理・「大漁丸」さん。

ご主人は、元は漁師さんだったのだそうですが、この震災で船を持って行かれて
しまい、何とか生計を立てる為にこのお店を始められたそうです。
とっても明るい奥さんと二人でお客さんを笑わせながら頑張っておられました。

 

こちらは、このお店で隣り合わせたボランティアグループの高津さんとお店のお母さん。
彼らは全くの個人活動で、時間が出来たらこうして気仙沼まで来て
「ボラセン(=ボランティアセンターの略だそうです)に登録して、
人手を必要としている人達のお手伝いをしに来ている」のだそうですー。

頭が下がる思いです…。

高津さんと一緒に来ていた富樫さんとも一緒にパチリ☆
この後、彼らとはMLのADD交換をして、お互いの活動の情報交換を約束しました^^
こうして、たまたま出会った人達との交流も、旅の楽しみですね♪

食事を終えた後、お店のご主人からお聞きした、この辺りの当時の様子…
港の壊れ具合を見ても分かりますが、当時は相当の高さの波が襲って来たらしく、
「その波の高さを忘れない為に立てられたポールがあるよ」と教えて頂きました。
このポールのてっぺんまで、波は来たのだそうです…。
周りの電線の位置などと比較してもらっても、その高さを想像してもらえるかと思いますが
実際に間近で見ると、、、ゾッとします。。

その「大漁丸」の御父さんと最後に記念写真を撮って、雪の中私達は明日伺う石巻へと
向かいましたー

ー 2012年3月24日

気仙沼・大島‐石巻を訪問してきました。。Vol2 「そして大島へー」

こんにちは。 『インプルーヴ』 です。

前回の記録は、気仙沼の今の町の現実について記しましたが、
港付近もまだまだ復興はされてなくて…
かつてはここが活気溢れる町だった証があちこちに残っています。
ここで人が日々働き、生活し、笑い、泣き…。

そんな、悲しい景色しか見当たらなかった中、一つ、前向きな景色を見届ける事ができました。
漁業協同組合の冷蔵貯蔵庫の看板の設置作業をされている姿です。

しかし、港自体はまだまだこうして横たわったままの船も少なくなくて…

これは、フェリー乗り場前の半壊の駐車場の上から撮った写真です。
撤去後の更地に水溜りがあちこちに出来ています。
これは、地盤沈下の影響でもあるらしいです。

レンタカーを港の駐車場に止め、プレハブの券売所で乗車券を買い、
早速フェリー「おおしま」に乗り込みます。。。


フェリーから見た気仙沼港は、今もまだフェリー乗り場の桟橋は落ちたまま、
先端が海に沈んでいました。

そして、大島に近づくと、大島の港付近は、一切の建物がありませんでした。。
港のすぐ近くなので、元々何もなかったとは考えにくい場所です…

大島に着くと、旗を振って私達の到着を待ってくれている方が居ました。
今日-明日お世話になる「休暇村 気仙沼大島」の方です☆
寒い中、車の外で待っていて下さいました。 本当に有難うございました!

…しかし、そのお迎えの方のすぐ後ろにも又こうして堆く盛られた瓦礫の山…。
きっととても美しい島だったと思うのですが、今はフェリーを降りて最初に出迎えてくれるのは
この【瓦礫の山】でした…

宿舎の車で送って頂くこと、10‐15分位で到着。
少し高台に建っていたこの建物は難を逃れたそうで全くの無傷に見えました。
宿泊にも全く問題はありませんでした。

暖かいお風呂にも入れましたし、ここには敷地内に仮設住宅もあるので、
そこの仮説の人たちは毎日ここでお風呂を貰うのだそうです。
建物の廊下には色んな所からの応援メッセージが掲示されていました。
これは、足立さんが撮られた有馬高校からの寄書きの写真です。

一旦部屋に荷物を下ろし、先ずは宿舎の周りを散策してみました。
どこから眺めてもとても綺麗な景色です…… 一見はー。

でも、よくよく見ると、その遠景に写る海岸には山積みにされた廃車の山が…
とても悲しくなりました。

しかし、それがあのアメリカ海兵隊が上陸して瓦礫撤去をしてくれてた
「トモダチ作戦」の賜物だったとは、その時は知る由もありませんでした…。
何とも、勉強不足で向かった己の無知が恥ずかしい限りです、、

日が暮れてからは、食事までの間に明日に備えてインストラクター教習を…
この大島は、島の中に仮設が3箇所建っているらしく、その3箇所に其々分かれて
インストラクターをすることになったので^^;

でも、そこは、カンタンに覚えられるのが指編みの良いところ♪
ほんの20分ほどの復習で「完璧や~☆ オレって天才♪」とwww

夜のお食事は6時から。
これも、島近郊で採れるものを主に懐石を用意してくださいます。
とっても美味しかったですよ~♪

そんなこんなで、初日は更け…
翌日朝7時前…

…したら、昨日と打って変わっての雪景色に!
丁度積もりだした感じです。。。

そして、出発する頃にはこんなに積もって…

ーといいながら、いざ、各仮設の談話室へGO!
各施設には、この休暇村の方がこの車で順番に送って下さいました。

かなりの降りっぷりだったので景色は良く見えなかったのですが、
途中途中で、そこで起きた当時の事を運転手さんが教えて下さいました。。
真っ白な雪にも、隠しきれない風景も…

その海岸線には、津波になぎ倒された松の木の根っこや、荒れた岸が埋もれきれずに
微かに見て取れました。

さて、最初に到着したのは大島中学校仮設の談話室。
担当は大城戸さんです。


大城戸さんの所は到着が早かったので、皆さんが集まる前にしっかりお迎えの
準備もできたみたいですね^^

皆、自分が行った談話室の事しかわからずこうして後で貰った写真で見たのですが、
大城戸さんが担当した談話室には「ふるさと」の歌の歌詞とかが貼られていたのですね。
映画「はやぶさ」のポスターや、折り紙作品や…とってもカラフル☆

時間に近くなると沢山集まってくれたみたいで^^

大城戸さんの話によると、最初は綺麗に並べてた机も途中取っ払っちゃって、
中央を広くして皆さんで囲むようにして楽しまれたそうです♪

だんだん、夢中になっている空気感が写真からも伝わってきますネ☆

慣れてくると、皆さんすっかり器用に指先を使ってどんどん編み進められます☆
気が付くと、無心になって編み進めてたりします♪

そこが編物の良いトコロ。しかもこれは面白い位ざっくざく進みます☆
その進捗が人目で実感できるところに何よりの達成感を見出されるようです^^

世界で一つだけの房耳マフラー。2時間ほどですぐに編めて、
出来上がったらすぐその場から使うことが出来るのが又楽しいですね。
しかもコットン100%なので、肌触りも最高です♪


ここは小学校に隣接している中学校の校庭に建てられているだけあって、
集まっている方の世代も幅広く、子供ちゃんも楽しんでくれたみたいです~(*^。^*)
…という事で、大城戸さんが一番心配していた、目落ちでやり直す方もおらず、
皆さん楽しく完成させて帰られたそうです(*^^)v ヨカッタ☆

ー今日も、最後までお読み下さり有難うございました。
続きは、「親王平仮設」にお邪魔した足立さんの写真をお借りしての報告から
始めたいと思います(^o^)/

ー 2012年3月20日

気仙沼・大島-石巻を訪問してきました。。Vol:1 2012年2月24日の景色ー

こんにちは。 『インプルーヴ』 です。

今日は3月20日。 春分の日ですね。
そろそろ「春一番」が吹いても良さそうなのに、今日も神戸はとても寒い冬日でしたー。

東北の震災から、もう1年…。
先日の1年目の3.11の日には、TVでも沢山の3.11報道が成されていましたが、
先月初めて訪問した被災地の当時が次々と映し出され、本当に胸が詰まる思いで観ました。
そして、特に、被災地から離れた所で暮らす私達は本当に忘れてはいけないと思いました…

その先月私達が初めて訪れた気仙沼での3日間の記録を、記録も兼ねてブログに残したいと
思います。

私達が行ったのは、2/24-26の3日間。
週末を利用しての東北の旅。
今回一緒に行ったのは
 ●兵庫・西脇市の播州織産地の機屋、【 大城戸織布 】の大城戸さん
 ●神戸市のアパレル貿易・OEM会社、【(有)プレッソ】の足立さん
 ●そしてワタクシ。。
の3人です。

そもそもは昨年から活動を始めた「房耳再生プロジェクト:The Andy Buncher」から
派生した分科会活動的な今回の被災地訪問。
このブログでも何度か紹介しているこの房耳再生活動をする中、昨年の一般の方向けに
指編みイベントをやってみた時の感触として、この指先と脳を鍛えるトレーニングの様な「房耳De指編み」なら、日々塞込む事が多いと聞く冬の被災地の人達に暫し辛い事を
忘れる時間を過ごして貰えはしないだろうか…
そして、、、もしかしたら、津波で仕事場が無くなってしまった女性達の仕事の切欠の
一つになったりはしないだろうか………

何の宛も無い漠然とした発想でした。。

以前書いた「浜のミサンガ【環】」活動の話を観た時に、私達の業界でも何か
役に立てる事はないものか…そう思いながらもなかなか一人で行動できず悶々と
していた中、年明け早々に大城戸さんからお電話を頂き、
「東北、行ってみいひんかー」 とー。 
思いがけない誘いに、あと先考えず二つ返事でOK☆
そして、以前「環」の話をした時にも共感してくれて、「何かやりたいね…」と
言ってくれていた足立さんにも連絡!
期待通り二つ返事で被災地訪問を快諾してくれ、東北キャラバンの決行となりました^^

今回訪ねた宮城との御縁は、震災以降ずっと復興支援を続けられている
沖縄のボランティアグループ・【FMよみたん】 の玉木千春さんと足立さんがお知り合いで、
足立さんが以前から玉木さんの活動の事をご存知だったことから玉木さんに相談し、
現地の災害対策本部の窓口の方と橋渡し役をして下さったお陰で
全く未経験の私達がスムーズに実行に向かう事ができました。

玉木さん、有難うございました!

…さて、そんなこんなでスタートした宮城での「房耳DE指編み教室」開催計画。

大城戸さんの担当は、原料の房耳を枷にして染工場さんを探して染め糸にするまでの一連の作業。
足立さんの担当は、3日間の旅程作成と現地との会場調整等。←これが一番大変だったかも…^^;
ワタシは、事前に告知してもらう為のPOP作成と、当日配布する編み方説明書の作成&配布準備。。。

+、3人共がインストラクターとして誰にでも教えられるように成っておく事☆☆☆

其々仕事の激務の合間を縫って役目をこなし、当日へ~!

【2/24 - 1日目】

伊丹空港⇒仙台空港
仙台空港に着くと、想像を裏切るほどのポカポカ陽気。
事前の天気予報を信じて真冬の格好に着込んできたせいで暑い位でした…
仙台空港自体も、まるで何も無かったかのような震災前と変わらない広く美しい
空港の様子。

仙台空港⇒名取 : 仙台空港線にて移動。  ↓↓↓

空港線の列車のボディもポップです^^

次に名取からJRの在来線に乗り換えて仙台駅まで行き、東北新幹線に乗替え。
一ノ関(岩手県)という所まで移動ー


東北新幹線にも「がんばろう 東北」の文字がペイントされています。

一ノ関からは、車で移動です。
事前に予約してくれていたレンタカーショップでコンパクトカーを借りて、
いざ、気仙沼へGO!

…1日目のトップドライバーは足立さん。 ジャンケンで決まりましたwww
目指すは気仙沼港。 そこからフェリーで行く「大島」までの移動が今日のノルマ。

気仙沼港まで、2時間弱位だったでしょうか…
途中、山越えっぽい感じの中地震の跡形等は全然なくて、
「ほんとに震度9だったの…?」と
疑いたくなる位、何事も無かったような山並みの風景が続く中
車中では、3人でバカ話で大笑いしていると…

こ、これ… これ………?  ………!!!

本当に、

突然、

本当に、、、

突然目の前に現れるのです… 
こんな風景が…

港付近に近づくと、突然人っ気が消えた廃墟の町並みが広がります…

大分片付けられたとはいえ、辛うじて容が残っている、建物(?)は、今も手付かずのまま…

これは、水産加工場か何かの跡でしょうか…

そして、空き地…

至るところに、瓦礫の山…

瓦礫の山、山、、、

山、山、山、、、

これが日本中で処理問題でたらいまわしにされている瓦礫ですー
もう、そっこいら中に堆く盛り上げられています。
放射能問題の対象外の場所にもこんなにも沢山放置されているのです…
これは私個人の考えですが、被害に遭わなかった自治体は、放射能汚染が
ない瓦礫から先ずは償却を代行するべきだと思います。
自分が住んでいる神戸市にも是非とも手を挙げて欲しいと思います。

そして、歪み、燃えた跡の車の山もあちこちに、、

車の鉄屑と化した山、山、山、、、

今も放置されたままの、波に潰された大型トラックや…

多分燃えたのではないかと思われる、焦げた路線バス…

今も、こんな風景がずっと続いている事に、言葉がありませんでした。
被災地の人達は、毎日こんな風景を見ながら生活しているのですね、、
TVの映像等でも勿論観ているのですが、やはり直に見ると胸に迫るものが
ありました…

進化しないこの風景を日々見ながら、心に復興の灯火は果たして点るでしょうか…
自分だったら、心に前に進むエネルギーを果たして燃やす事ができるだろうか…
神戸の時は毎日トラックや工事車両が行き来し、本当にうるさい位に工事の音が
復興の音にも聞こえました…
この日は金曜日。
平日だと言うのに、そういう意味ではここはあまりに静かです…

最後まで読んで下さった方へー

本当は、2月24日はまだ少し、フェリーに乗って大島へ渡り、初日の宿舎へ
入るまであるのですが、これが私の初日の率直な印象だったのでVOL1は
敢えてこの時点で終え、続きはページを変えて次に続けたいと思います。

続きは、気仙沼から大島へのフェリー移動から大島の皆さんとの楽しい出逢い
について記録したいと思います<(_ _)>

ー 2012年1月10日

2012年も宜しくお願い致します。

あけましておめでとうございます…って、ちょっと遅過ぎですね^^;
インプルーヴです。 今年も宜しくお願いします。

今年のブログ初めがこれになりますが、、、特に話題なく打ち始めています…^^;
何書こ~。。。

そう言えば、今日1月10日は「えべっさん」の本宮の日。
関西人だったら、この行事が終わるまではお正月が明けたという気分に
ならない人も多いかもしれません。
関西では商売人じゃなくても、
「商売繁盛~ 笹持って来~い」の掛け声に胸躍らせます♪

柳原戎さん

私も独立した翌年からこの柳原戎さんに毎年通っていますが、
ここは神戸港が近いからなのか、毎年冷凍マグロ等の大きな魚が
景気良く奉納されています。目に見える様に減ってきている感が…??

そう思って、一昨年位から何気に撮り始めた写真を比較してみると…


↑2010年1月11日残り福の日の柳原戎さんの本殿

↓2011年1月10日本宮の日の柳原戎さんの本殿
2011年 柳原戎さまの本殿

…あちゃちゃ、、、 お年始から景気の悪い話で失礼しました~(・・;)

さあ、今年はどうなんでしょうね~☆

因みに昨年のえべっさんで頂いたおみくじは「吉」。
「辛いことや苦しみの為に幾夜も眠られぬことがあるかも知れませんが、
心に神様を念じつつ短気を起こさないで辛抱強く月の満ちる時を待って
招福繁栄の神様の御恵みを授かりましょう」というメッセージでした。
…確かに。。。
昨年の1年間を振り返るに、本当に一喜一憂の連続で、やっともうすぐ
一つの結果が出るか…って時に相手先の諸事情で事が流れたり方針変更に
なったり…。
刈取直前のがっかりくんも何度かあり…
都度挫けそうにもなりましたが、これも何かの試練なんやろ~。越えるべき
山なのだ。。。 なーんて自分におまじないを掛けながら、何とか歩ききっ
た1年だった様に思います。

そして今年はインプルーヴにとってはどんな年になるのか…。
今年は独立12年目、干支で言うと、丁度一回りの最後の年となります。
私の所信表明としては、今年はインプルーヴにとっての『進化元年』に
したいと思っています。
私達が信じるニットファッションの世界観が、もっとどんな人の目を通
しても伝わる様な…
これまでの12年間があるからこそ新しくチャレンジできる事を見つけて、
来年の2週目の12年の始まりを迎える準備を今からしっかり骨組み作って
行きたいな~と。。。

…と言いながら、ぼんやり~な考えなんですけどね^^;
ただ、光の方向は見えている様な、確信なき自信だけは、何か湧いてきて
いるので、ひたすらそれを信じて前に進む1年にしたいな~と思っております☆

ホントにそうかどうか… 先ずは後ほどえべっさんの初おみくじで占ってきます♪

ー 2011年12月9日

小学6年生の覚悟(誤字脱字だらけの…(>_<)

こんばんは。 インプルーヴです。

前回のインプルーヴの2005年の10年プランを読み返した記事をアップしながら、
「自分への手紙」と言えば、確かもうひとつあった事を思い出し。。。

自宅の本棚をさぐって写メを撮ってきました^^
それは… 小学校の卒業アルバムに掲載されている自分の【作文】です。

当時、担任の小林先生から出されたテーマは
1:6年間の想い出
2:将来の夢  の二つ。
このどちらかに絞って書くように言われた時、私は迷わず2番目の
「将来の夢」を選んだ事を覚えています。
それを思い出し、読み返してみました…

すると…
そこに当時自分の将来について色々考えていた幼き自分の足跡がありました。
そして今、こうしてファッションデザイナーをしている事も
バレエのウォームアップウェアをオリジナルブランドとして展開している事も
全てここから始まっていた事が判明しました。。。☆

「将来の夢」 卒アルに掲載されている私の作文です^^;

ちょっと恥ずかしいですが、この作文の文面を書き起こしてみました。。。
↓↓↓

-----------------------------------

【 将来の夢 】               鈴木 弘美

私は将来のことを、小さい時から考えていました。
まず、幼稚園に入る時は、バレリーナになりたいと思っていましたが、
幼稚園に入るとスチュワーデスになりたくなりました。
でもその頃は飛行機事故が多かったのでこわくなってやめてしまいました。
その次はバスガイドです。 でも私は記憶力が悪いのでダメです。
その次は教師になりたくなりました。でも、私は勉強はあまりできない
のであきらめました。
次は室内インテリアを考えました。でも父は「室内インテリアは男子が多い
仕事だからむつかしいからやめておきなさい。その他ならなんでもやっていい
からやりなさい」と言われました。
私はヘアーデザイナーか、ファッションデザイナーになりたいと思います。
私は洋服などの絵を書くのがとっても大好きです。でも本当になれるかどうか
わかりません。ただ、夢は希望は最後まで捨てたくないと思います。
ファッションデザイナーになるには、ミシンかけも、上手じゃないといけません。
だから今から家庭科をきちんと学習して身につけておかなくてはいけません。
そして、将来、高等学校を出てから、服飾専門学校に入らなくてはいけないし、
また、フランスの首都、パリへも留学して、いろいろと、各国のファッションの
はやり、つまり流行を勉強しなければいけません。
また、それに自分の考えを加えてそれを、世界の流行にしなければなりません。
遠遠のゆめで終わるかもしれません。
でも最後までゆめを捨てずにいっしょうけんめいかなえられるように、がんばって
いきたい。また、そうしなければいけない。

-----------------------------------

まあ、こうして改めてテキストに起こしてみると、何と誤字脱字の多い事か…
そして句読点の位置が…どうもおかしい。。。
平仮名ばかりで全然漢字も使えていない、、、何ともお恥しい作文です。
こりゃあ、この時点で教師を諦めていて懸命ですー^^;

そして、この作文を書いた当時の私がこの中に納まっています。。。
                 ↓
三宅小学校6年卒業アルバムのクラス集合写真

…この白黒の写真が何とも時代を感じますね~。
(どれが私かは書かないでおきます。判った人がいたらコメントくださいませ^^)

因みに、この小学校は私が通っていた時に100年目を迎えた学校でしたが、
今は統合で廃校になってしまい、跡形も残っていません。
バックに写る鉄筋校舎も、私達が4年生の時にようやく出来たばかりの新校舎
だったのですが、もうないのですね~。
確か、2年生の時にはクラスでタイムカプセルを埋めたと思うのですが…
もうマンションの下敷きか何かになっているのかなー。。。

この作文にもある通り、どうやら当時から勉強はどうもイマイチの様ですが、
一度決めたら最後まであきらめない根性だけは当時から備わっていた様です。
それが証拠に、未だこの作文に記した自分の道を一生懸命毎日毎日一歩一歩
切り開いている、当に【将来の夢…の途中】です。

やっぱり、蛇年は執念深く諦めが悪いのですね~www

15 / 16« 先頭...1213141516
カテゴリー
月別アーカイブ
ニットデザイン・インプルーヴTOPへ
remix style - オフィスウェアのコンサルタント
にほんブログ村 ファッションブログ トレンド情報(ファッション)へ
にほんブログ村 経営ブログ 女性社長へ